2010年9月29日水曜日

レイチェルアレクサンドラ引退

昨年の米年度代表馬レイチェルアレクサンドラ Rachel Alexandra の引退が発表されました。前走の G1 パーソナルエンスンステークス2着をもって競走馬としての生活を終え、繁殖に入るとの事。オーナーのジェス・ジャクスン氏が明らかにしました。引退理由は「3歳時の動きを取り戻せないから」ということです。

3歳だった09年には、牝馬としては1924年ぶりにプリークネスS.を制するなど、G1競走5勝(うち牡馬混合G1・3勝)、8戦8勝して圧倒的な力を示していたレイチェルアレクサンドラですが、オーナーの合成馬場嫌いのため、無敗の連勝を続けるもう1頭の名牝ゼニヤッタとの対戦も期待されたブリーダーズカップは回避(開催馬場のサンタアニタパーク競馬場では合成素材プロライドを使用)。ゼニヤッタは牝馬としては始めてBCクラシックに優勝しました。その後2010年4月にアップルブロッサムでゼニヤッタと対戦することが一時決まったものの、レイチェルは2010年初戦を2着に負けて、これも回避しました。結局レイチェルが引退したことでゼニヤッタとの対決はなりませんでした。

End of Rachel Alexandra's racing career - Racing Post

プリークネスS.優勝時のレイチェルアレクサンドラ(Getty Image)

ジャクスンオーナーは声明の中で、
「ご存知のように、レイチェルアレクサンドラは最高の調教をつんで我慢強く使われてきましたが、昨年のような動きを取り戻すことはありませんでした。」

「私は、私たちのチャンピオンホースを引退させ、今よりストレスの少ない生活を与えるべき時が来たと信じています。私たちは彼女を健康なまま引退させられることをとても嬉しく思っていますし、ケンタッキーに所有するわれわれの美しい牧場にとっても幸せなことです。」
とコメントしています。繁殖入り後は、ジャクスン氏が所有し 07年08年と米年度代表馬に輝いたカーリン Curlin(その父スマートストライク、ミスタープロスペクター系)が種付けされる予定だそうです。両馬とも米年度代表馬(エクリプス賞)に輝き、またプリークネスS.の勝ち馬であるというカップルです。


記事によると、今週はじめの調教を終えた直後は、G1ベルデイムS.(10月2日)に向かう予定で、そのあとはブリーダーズカップ・レディースクラシックが検討されていた模様ですが、使われないまま引退することになりました。


私の感想としては、昨年のブリーダーズカップ・クラシックでゼニヤッタとの対戦を逃げた形になった事で、けちが付いてしまったなと。オーナーは昨年BCが行なわれたサンタアニタが使用する合成馬場(ポリトラック、オールウェザー)が馬の健康のために良くないと考えていたようですが、多くの馬がダートに比べても問題なく走っている以上、そんなのは理由になってないので。さらに今年春に一時予定されていたアップルブロッサムでのゼニヤッタとの対戦も、レイチェルがニューオーリンズレディースS.を2着になった後、レイチェル側が回避したことで運の尽きたような気がします。根拠は無いですが勝負する機会があったのにそれを避けた結果として、牡馬相手に果敢に挑戦しG1競走3勝した3歳の頃より縮こまってしまった印象です。

ゼニヤッタはBCクラシックに優勝したあとも連勝を続け、現在18連勝中であり、次走予定のG1レディースクラシック(10月2日)および引退レースになるかもしれないBCクラシックも勝てばアメリカ競馬史上初の20連勝がかかるところまで来ていることが両牝馬の明暗をくっきり分けています。

ちなみに、ジェクスン氏の合成馬場嫌いは、競走馬の健康に悪影響を与えるという彼の持論のほかに、自身の所有する名馬カーリン(07年ジョッキークラブ金杯、BCクラシック、08年ドバイワールドカップなど優勝)が、引退レースだった08年のBCクラシック(この年もサンタアニタパークで開催)でヨーロッパ芝路線から遠征して来た2頭にワンツーを決められるなどして4着に敗れたことをきっかけに拍車がかかったような気がします。ジェクスン氏にこの経緯があることも、レイチェルvs.ゼニヤッタから逃げたような印象を強めています。同時にサンタアニタ競馬場の合成馬場が従来のダートに戻るかもしれない(決定したかも?)というアナウンスが最近あったばかりなのがなんとも皮肉です。


20馬身差で圧勝したケンタッキーオークスのレース動画



レイチェルアレクサンドラとは
(戦跡。19戦13勝2着5回。レース名リンク先は、過去記事かYouTubeです)
レイチェルアレクサンドラは09年、3歳牝馬G1ケンタッキーオークスを20馬身差で優勝したあと、現在のオーナーグループが買収。次走に米牡馬クラシック第2弾プリークネスS.を選び、ケンタッキーダービー馬マインザットバードを1馬身差2着に負かして、牝馬としては1924年以来となるプリークネスS.優勝を成し遂げました。このときはレイチェルの主戦騎手であるカルヴィン・ボレル騎手が、ケンタッキーダービーでコンビを組んでいたマインザットバードではなく、レイチェルアレクサンドラのほうを選んだことも話題になりました。


その後は牝馬限定G1マザーグースS.を19馬身差で再び圧勝して、牡馬相手のG1ハスケル招待H.に出走すると、同年のベルモントS.馬サマーバードに6馬身差をつける楽勝。サマーバードは後にBCクラシックで米ダート路線を使われてきた馬としては最先着となる4着に入っていました。

次走は古馬牡馬相手となる9月のウッドワードS.へ向かい、マッチョアゲインやブルズベイら古馬G1馬を相手にクビ差で優勝しました。「冬から使い続けだったから」との理由で09年はこれを最後に休養に入りました。ブリーダーズカップ出走は先述どおり、サンタアニタ競馬場が合成馬場を使用しているから、という理由で最初から考慮にされず。


2010年になると、09年のBCクラシックで牝馬としては初めて同競走を優勝し14連勝を記録していたゼニヤッタ Zenyattaとの初対戦が、アップルブロッサム招待S.で行なわれることが決定しました。しかし、あくまでそのためのステップレースとして選んだはずのニューオーリンズレディースS.で米ダート競走初出走のザルダナに敗れ、翌日ゼニヤッタとの対戦を回避することが発表されました。

その後は、牝馬限定G2ラトロワンヌS.でアンライヴァルドベル(後に2走連続牝馬G1競走2着)の2着した後、牝馬G2フルールドリスH.を10馬身差で優勝してウッドワードS.以来の勝利をあげ、(非グレードレース)レディーズシークレットS.も勝って連勝しました。しかし最後のレースとなった8月29日の牝馬G1パーソナルエンスンS.では、08年に2歳牝馬G1・2着2回があるパーシステントリーに敗れていました。


レイチェルアレクサンドラの競走成績を列挙するとき、これで終わらなければならないのが残念でならない。たった1戦だけオールウェザーを我慢してBCを使い、ゼニヤッタと対戦していれば、仮にゼニヤッタに負けても、さらにその後のキャリアが現実と同じものだったとしても、もっと素直に受け入れられたような気がします。もちろん馬に罪は無いので、レイチェルにはお疲れ様でしたと言いたいです。

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